長野県下の各地で織り継がれている素朴な味わいを持つ信州紬の特徴の一つに、植物染料を利用する草木染があります。
信州は山国であり、その山野に自生、あるいは栽培されている多種多様の植物が、染材として利用されています。
草木染に利用される染材の種類は極めて多いため、そこから得られる色相はバラエティーに富んでいます。このことは、他産地にない信州紬の草木染の大きな特徴といえます。
最近では県内の染材にとどまらず、県外、さらには輸入植物染料の一部も利用されてきており、草木染色の内容を、より一層豊富にしています。
草木染は、植物染材の利用部位によって、発色および濃度が異なるもので、また当然のことながら、媒染剤の種類によっても色相が変化し、染色堅牢度も異なります。さらには染色回数を繰り返す、いわゆる重ね染めによって、染色濃度を上げることができます。
化学染料と異なり、色素の抽出から染色・媒染と、充分な時間と手間をかけなければ、決して冴えた、しかも渋味のある色相を得ることはできません。
現在(1978年)、信州紬の草木染に多用されている媒染剤の種類を挙げてみると、次のようになります。
アルミナ系:明ばん、酢酸アルミニウム
銅系:酢酸銅、硫酸銅
錫系:第一塩化錫、第二塩化錫
カルシウム系:水酸化カルシウム。酢酸カルシウム
クロム系:クロム明ばん、酢酸第二クロム
鉄系:木酢酸鉄、硫酸第一鉄
従来、酸化媒染剤として利用されてきた重クロム酸カリは、六価クロム化合物で有害物質のため、公害防止の見地から現在はほとんど用いられていません。
2008年12月21日日曜日
2008年12月18日木曜日
信州紬 その4
工 程
繭・絹の精練
灰汁練法による真綿原料繭の煮繭および生糸の精練は、1926年頃まで実施され、その後は、ソーダ灰・石鹸などが使用されてきました。しかし、1950年頃より再び灰汁練りによる精練が見直されて復活してきました。わら灰上澄液またはわら灰濾過液を用いて精練すると、わら灰に含まれているカリや他の金属塩類が吸収されて、絹繊維にかさ高性、優美な光沢などが加わり、腰のある織物となり、絹鳴りを発生させる効果があるので、紬の味をよくする重要な工程です。
真綿づくり
真綿には、精練された繭を指先で拡げてつくる袋真綿と木枠にかけてつくる角真綿などがあります。真綿の質の良否は原料繭の選繭と配合に関係し、生繭から直接精練して真綿にするものは、乾繭からのそれよりも、より優れています。特に春蚕繭からのものは真綿に引きがあり、ネップや玉節、毛羽の出現を防ぎ、光沢や弾力、かさ高性のある最高の紬用真綿となります。
手つむぎ
真綿を引き延ばしながら、指先で撚りをかけるようにして糸状する、いわゆる手引きつむぎの方法は、糸を回転させていないので、加撚状態になっていない無撚りのつむぎ方です。この方法は1947年頃まで多く行われていましたが、その後は、錘を回して甘撚りをかけながら引き延ばしてつむぐ方式に移行しました。つむぐ機構にフライヤー式とリング式の二方法があります。前者は後者より比較的に毛羽立ちが少なく、かつ、撚りのかかるのが少ないので、真綿紬糸として光沢もあり、ふっくらとした良質の紬糸となります。信州紬はフライヤー方式の手つむぎであるが、産地によってはリング方式を採り入れているところが多い。これは能率的だからです。優良な紬糸の製造は、紬産地のいずれにおいても重要課題です。前述した真綿の手引き紬糸の再現に、信州産地では積極的に取り組んでいます。
染色
信州紬の工程の特色は他産地と異なり、染色工程を各織物工場の中で行っていることです。自家工場で染色することの意義は大きく、自由な色出し、小回りのきく利点、草木染色の併用などによって充分満足できる染色が可能なこと、また染色堅牢度などについても自信をもつことができます。従って、当産地には、専門染色工場はありません。植物染料の中には染色堅牢度が弱く、実用性に乏しいものがあることから、長野県繊維工業試験場は重点課題として、伝承技法の改良、後継者の育成研修などに取り組んでいます。産地の将来の課題は、信州特産の草木染材による100パーセントの草木染製品を創製し、独特の草木染めの色調を選定することです。
絣技法
種糸づくり、印墨付け、手くくりなどの絣技法は、初期は綛糸を段染めにして織り込んで、かすり調に織る程度で、1910年頃、すなわち明治末期から絣技法が移入され、今日まで伝承されています。他産地の多くは、機械化が進んでいる中で、信州では手作業による技法が守り続けられています。外注方式ではなく、自家工場の一貫工程で行われています。種糸は、絣のくくる場所に竹ベラで墨付けするもので、綿糸を筬台の筬羽にかけて図案の通りに下絵を種糸に写し取ります。墨付けされた種糸を長く引っ張ったたて糸やよこ糸に添えて墨付けした箇所を手でくくる。手くくりした糸は綛状にし、他の地糸と一緒に染色します。二色三色または多色の絣を作るには、手くくりの作業と染色を繰り返すことによって得られます。
製織
高機による手織りが行われています。杼は手越で杼口に投げ入れます。踏木を踏んでたて糸を開口させ、よこ糸を入れて筬打ちを行い、踏木を踏んで杼口を閉じて再び筬打ちをします。この動作を繰り返して製織します。手織りの味は、手投げ杼によるものが最高です。織物の地締まりがよく、また肉がつき腰も出る。
信州紬は家内工業が多く、静まりかえる部屋の中に、機の音だけが冴えています。
(長野県織物工業組合理事長 永井千治)
繭・絹の精練
灰汁練法による真綿原料繭の煮繭および生糸の精練は、1926年頃まで実施され、その後は、ソーダ灰・石鹸などが使用されてきました。しかし、1950年頃より再び灰汁練りによる精練が見直されて復活してきました。わら灰上澄液またはわら灰濾過液を用いて精練すると、わら灰に含まれているカリや他の金属塩類が吸収されて、絹繊維にかさ高性、優美な光沢などが加わり、腰のある織物となり、絹鳴りを発生させる効果があるので、紬の味をよくする重要な工程です。
真綿づくり
真綿には、精練された繭を指先で拡げてつくる袋真綿と木枠にかけてつくる角真綿などがあります。真綿の質の良否は原料繭の選繭と配合に関係し、生繭から直接精練して真綿にするものは、乾繭からのそれよりも、より優れています。特に春蚕繭からのものは真綿に引きがあり、ネップや玉節、毛羽の出現を防ぎ、光沢や弾力、かさ高性のある最高の紬用真綿となります。
手つむぎ
真綿を引き延ばしながら、指先で撚りをかけるようにして糸状する、いわゆる手引きつむぎの方法は、糸を回転させていないので、加撚状態になっていない無撚りのつむぎ方です。この方法は1947年頃まで多く行われていましたが、その後は、錘を回して甘撚りをかけながら引き延ばしてつむぐ方式に移行しました。つむぐ機構にフライヤー式とリング式の二方法があります。前者は後者より比較的に毛羽立ちが少なく、かつ、撚りのかかるのが少ないので、真綿紬糸として光沢もあり、ふっくらとした良質の紬糸となります。信州紬はフライヤー方式の手つむぎであるが、産地によってはリング方式を採り入れているところが多い。これは能率的だからです。優良な紬糸の製造は、紬産地のいずれにおいても重要課題です。前述した真綿の手引き紬糸の再現に、信州産地では積極的に取り組んでいます。
染色
信州紬の工程の特色は他産地と異なり、染色工程を各織物工場の中で行っていることです。自家工場で染色することの意義は大きく、自由な色出し、小回りのきく利点、草木染色の併用などによって充分満足できる染色が可能なこと、また染色堅牢度などについても自信をもつことができます。従って、当産地には、専門染色工場はありません。植物染料の中には染色堅牢度が弱く、実用性に乏しいものがあることから、長野県繊維工業試験場は重点課題として、伝承技法の改良、後継者の育成研修などに取り組んでいます。産地の将来の課題は、信州特産の草木染材による100パーセントの草木染製品を創製し、独特の草木染めの色調を選定することです。
絣技法
種糸づくり、印墨付け、手くくりなどの絣技法は、初期は綛糸を段染めにして織り込んで、かすり調に織る程度で、1910年頃、すなわち明治末期から絣技法が移入され、今日まで伝承されています。他産地の多くは、機械化が進んでいる中で、信州では手作業による技法が守り続けられています。外注方式ではなく、自家工場の一貫工程で行われています。種糸は、絣のくくる場所に竹ベラで墨付けするもので、綿糸を筬台の筬羽にかけて図案の通りに下絵を種糸に写し取ります。墨付けされた種糸を長く引っ張ったたて糸やよこ糸に添えて墨付けした箇所を手でくくる。手くくりした糸は綛状にし、他の地糸と一緒に染色します。二色三色または多色の絣を作るには、手くくりの作業と染色を繰り返すことによって得られます。
製織
高機による手織りが行われています。杼は手越で杼口に投げ入れます。踏木を踏んでたて糸を開口させ、よこ糸を入れて筬打ちを行い、踏木を踏んで杼口を閉じて再び筬打ちをします。この動作を繰り返して製織します。手織りの味は、手投げ杼によるものが最高です。織物の地締まりがよく、また肉がつき腰も出る。
信州紬は家内工業が多く、静まりかえる部屋の中に、機の音だけが冴えています。
(長野県織物工業組合理事長 永井千治)
信州紬 その3
特 徴
信州紬の特徴には、次に述べる三点があります。
(1) 原材料の種類が豊富です。その中で、優良な品質のものをよく吟味して使用しています。織り味が良いのはこのためです。
(2) 県内至る所に自生している豊富な草木染材や、色相を補充するための堅牢な化学染料等を使って、渋い光沢と民芸的格調の高い色に染色されます。
(3) 柄の構成は、縞、格子、絣、それらの混成された柄、無地調子など多様で、一定の規則的なものがないことから、製造者の個性が発揮されます。そのオリジナルなところが着物通の人びとに好まれています。
信州紬の特色の一つである原材料について述べると、使用している素材の中で、他産地にない独特のものとしては、天蚕から作った紬糸や天蚕生糸があります。
天蚕というのは、野外でくぬぎや柏の葉を食べて成長し、淡緑色の繭をつくる野蚕の一種で、天蚕の飼育は、歴史的には約200年前の天明年間に始まるといわれています。天蚕は全国的にも珍しいもので、戦後は信州松本平だけに残っていましたが、関係者が振興育成に励んだ結果、ようやく県内数カ所で飼育されるところまでになりました。
天蚕は毎年五月初め、天蚕卵を紙に糊付けしたものをくぬぎなどの飼育樹に結びつけて発生させます。孵化した緑色の幼虫は、くぬぎなどの葉を食べて成長し、約50日後の七月中、下旬にくぬぎなどの葉で身を包むようにして淡緑色の美しい繭になります。
くぬぎ林で成長する幼虫は晴天を好み、雨天には葉の裏にかくれてしまい、食葉も朝露を好まず、露が乾き、葉が暖かくなってから食べ始めます。そのうえ恐怖心も強く、枝の揺れ、周りの騒音などには食葉を停止し、半日ほど体を縮めたままという、まるでだだっ子みたいなところがあります。害鳥・害虫の種類も多く、これらを防止するために目の細かい網を飼育林にかけますが、わずかな穴でもあれば、むくどり・からす・雀などが網の中に侵入し、このおいしい獲物を食べます。害虫では蜂の被害が一番大きく、蜘蛛・蟻・かまきりなどもこわい天敵です。そのうえ微粒子病・天蚕きょうそ病などという蚕病にたおれる数も多く、天蚕の苦労話は尽きません。
1ヘクタールのくぬぎ林には約3,000株のくぬぎが植えられ、天蚕卵50,000粒が山づけされますが、そこから僅かに10,000から15,000粒の天蚕の繭がとれるにすぎません。それは大変な苦労で、有明地方のことわざに、「ばくち打ちと山繭の家には嫁にやるな」とか「味噌汁と山繭は当たったためしがない」などがありますが、言い得ていて妙です。
天蚕の練糸を手でもむと、新雪を踏みしめるようなキュッキュッという心地のよい絹鳴りがして、輝くような美しい光沢があります。昔から金と同じ価値があると言い伝えられているが、まさしく絹の女王というほどの優雅さを誇っています。
天蚕繭を原料とする織物原料には、天蚕生糸および天蚕紬糸、天蚕真綿と家蚕真綿のとの混紡紬糸、天蚕繭と家蚕繭とによる混繰生糸などがつくられています。昭和10年頃までの天蚕織物は、紋ちりめんなどの紋様の部分に天蚕生糸の織り込まれたものが主流でありました。天蚕糸の特性の一つである、染料の吸着速度が遅いのを応用して、無地染めすると、天蚕糸使いの紋糸が白く浮かび出て、光沢の優美さを現出するなど、高級紋ちりめんに広く愛用されていました。これは今後も期待される用途の一つです。しかし、天蚕紬糸を織り込んだ天蚕紬織物も、着て軽く、かさ高性に優れ丈夫でしわにならず、美しい光沢としなやかな触感が見事です。天蚕の特性は、先染め紬織物にこそ発揮されるものと考えられます。信州紬の華というべきです。
一方、家蚕繭を原料とするものに、繭を煮て繭から直接手でたぐり出した手引きしや玉糸は経糸に使われ、織物に腰とかさをもたせると同時にしわにならず丈夫なものとなります。真綿紬糸の原料になる繭は、春繭が最高です。繭層が厚くまた繭糸繊度が太目で真綿にむきやすい。この真綿からつむぐ手紬糸は節もなく、ふっくらとして光沢があり、毛羽立ちも少なく、真綿紬糸としては最高の品質です。信州は養蚕県ですから、これらの紬糸が自由に入手できるという好条件に恵まれています。
紬織物の丈夫で軽く暖かいという特色は、主に紬糸の原料に左右されるのですが、量産できない優良な紬糸は、全国的な紬の需要に応じきれず、そのため紬の品質が低下してきています。産地によっては、真綿紬糸の代わりに、紡績した機械紬糸が多用される傾向も見られますが、これは紬本来の特性を無視するもので、厳につつしまなければならないことです。真綿の手紬糸と異なり、毛羽立ちが多く光沢もなく腰がないから、織物にすると布面に細かな毛羽が立ち、しわになり易くおよそ紬のもつ良さは一つもありません。糊抜きをすると、欠点が直ちに露呈します。伝統ある紬の真価を守り継いでいくため、生産者の誰もが自覚する必要のある事柄です。
特色の第二は染色です。染色用染材の豊かなことがあげられます。
赤色染材には、一位・そよご、黄色染材には、きはだ・かりやす・藤、桑など、茶色染材には、梅・あんず・とちの木、けやき・くるみなど、灰色染材には、くぬぎ・栗・よもぎ・げんのしょうこなど枚挙にいとまがありません。
色の発色程度や濃度は利用部分によって異なるが、濃く染めるには、五回、十回と繰り返して重ね染めする。媒染剤の使い分けで、さらに複雑な発色をする。これら草木染めの技法は、それぞれの家伝として伝承されています。
第三の特色は手織りの技法である。手くくりによる絣糸を一本一本繰り込みながら、指先で合わせて絣柄を織り出す手織りの妙味は、わずかな絣のズレがかもし出すところにあります。
手で杼を投げ入れてよこ糸を入れ、筬を打つという、一見単純に見える作業を何回も繰り返してでき上がった12メートルの長さの反物には、織り人の丹精がこもっています。信州紬は織り味と作る人の真心がじかに伝わってくる純朴な紬です。
信州紬の特徴には、次に述べる三点があります。
(1) 原材料の種類が豊富です。その中で、優良な品質のものをよく吟味して使用しています。織り味が良いのはこのためです。
(2) 県内至る所に自生している豊富な草木染材や、色相を補充するための堅牢な化学染料等を使って、渋い光沢と民芸的格調の高い色に染色されます。
(3) 柄の構成は、縞、格子、絣、それらの混成された柄、無地調子など多様で、一定の規則的なものがないことから、製造者の個性が発揮されます。そのオリジナルなところが着物通の人びとに好まれています。
信州紬の特色の一つである原材料について述べると、使用している素材の中で、他産地にない独特のものとしては、天蚕から作った紬糸や天蚕生糸があります。
天蚕というのは、野外でくぬぎや柏の葉を食べて成長し、淡緑色の繭をつくる野蚕の一種で、天蚕の飼育は、歴史的には約200年前の天明年間に始まるといわれています。天蚕は全国的にも珍しいもので、戦後は信州松本平だけに残っていましたが、関係者が振興育成に励んだ結果、ようやく県内数カ所で飼育されるところまでになりました。
天蚕は毎年五月初め、天蚕卵を紙に糊付けしたものをくぬぎなどの飼育樹に結びつけて発生させます。孵化した緑色の幼虫は、くぬぎなどの葉を食べて成長し、約50日後の七月中、下旬にくぬぎなどの葉で身を包むようにして淡緑色の美しい繭になります。
くぬぎ林で成長する幼虫は晴天を好み、雨天には葉の裏にかくれてしまい、食葉も朝露を好まず、露が乾き、葉が暖かくなってから食べ始めます。そのうえ恐怖心も強く、枝の揺れ、周りの騒音などには食葉を停止し、半日ほど体を縮めたままという、まるでだだっ子みたいなところがあります。害鳥・害虫の種類も多く、これらを防止するために目の細かい網を飼育林にかけますが、わずかな穴でもあれば、むくどり・からす・雀などが網の中に侵入し、このおいしい獲物を食べます。害虫では蜂の被害が一番大きく、蜘蛛・蟻・かまきりなどもこわい天敵です。そのうえ微粒子病・天蚕きょうそ病などという蚕病にたおれる数も多く、天蚕の苦労話は尽きません。
1ヘクタールのくぬぎ林には約3,000株のくぬぎが植えられ、天蚕卵50,000粒が山づけされますが、そこから僅かに10,000から15,000粒の天蚕の繭がとれるにすぎません。それは大変な苦労で、有明地方のことわざに、「ばくち打ちと山繭の家には嫁にやるな」とか「味噌汁と山繭は当たったためしがない」などがありますが、言い得ていて妙です。
天蚕の練糸を手でもむと、新雪を踏みしめるようなキュッキュッという心地のよい絹鳴りがして、輝くような美しい光沢があります。昔から金と同じ価値があると言い伝えられているが、まさしく絹の女王というほどの優雅さを誇っています。
天蚕繭を原料とする織物原料には、天蚕生糸および天蚕紬糸、天蚕真綿と家蚕真綿のとの混紡紬糸、天蚕繭と家蚕繭とによる混繰生糸などがつくられています。昭和10年頃までの天蚕織物は、紋ちりめんなどの紋様の部分に天蚕生糸の織り込まれたものが主流でありました。天蚕糸の特性の一つである、染料の吸着速度が遅いのを応用して、無地染めすると、天蚕糸使いの紋糸が白く浮かび出て、光沢の優美さを現出するなど、高級紋ちりめんに広く愛用されていました。これは今後も期待される用途の一つです。しかし、天蚕紬糸を織り込んだ天蚕紬織物も、着て軽く、かさ高性に優れ丈夫でしわにならず、美しい光沢としなやかな触感が見事です。天蚕の特性は、先染め紬織物にこそ発揮されるものと考えられます。信州紬の華というべきです。
一方、家蚕繭を原料とするものに、繭を煮て繭から直接手でたぐり出した手引きしや玉糸は経糸に使われ、織物に腰とかさをもたせると同時にしわにならず丈夫なものとなります。真綿紬糸の原料になる繭は、春繭が最高です。繭層が厚くまた繭糸繊度が太目で真綿にむきやすい。この真綿からつむぐ手紬糸は節もなく、ふっくらとして光沢があり、毛羽立ちも少なく、真綿紬糸としては最高の品質です。信州は養蚕県ですから、これらの紬糸が自由に入手できるという好条件に恵まれています。
紬織物の丈夫で軽く暖かいという特色は、主に紬糸の原料に左右されるのですが、量産できない優良な紬糸は、全国的な紬の需要に応じきれず、そのため紬の品質が低下してきています。産地によっては、真綿紬糸の代わりに、紡績した機械紬糸が多用される傾向も見られますが、これは紬本来の特性を無視するもので、厳につつしまなければならないことです。真綿の手紬糸と異なり、毛羽立ちが多く光沢もなく腰がないから、織物にすると布面に細かな毛羽が立ち、しわになり易くおよそ紬のもつ良さは一つもありません。糊抜きをすると、欠点が直ちに露呈します。伝統ある紬の真価を守り継いでいくため、生産者の誰もが自覚する必要のある事柄です。
特色の第二は染色です。染色用染材の豊かなことがあげられます。
赤色染材には、一位・そよご、黄色染材には、きはだ・かりやす・藤、桑など、茶色染材には、梅・あんず・とちの木、けやき・くるみなど、灰色染材には、くぬぎ・栗・よもぎ・げんのしょうこなど枚挙にいとまがありません。
色の発色程度や濃度は利用部分によって異なるが、濃く染めるには、五回、十回と繰り返して重ね染めする。媒染剤の使い分けで、さらに複雑な発色をする。これら草木染めの技法は、それぞれの家伝として伝承されています。
第三の特色は手織りの技法である。手くくりによる絣糸を一本一本繰り込みながら、指先で合わせて絣柄を織り出す手織りの妙味は、わずかな絣のズレがかもし出すところにあります。
手で杼を投げ入れてよこ糸を入れ、筬を打つという、一見単純に見える作業を何回も繰り返してでき上がった12メートルの長さの反物には、織り人の丹精がこもっています。信州紬は織り味と作る人の真心がじかに伝わってくる純朴な紬です。
2008年12月14日日曜日
信州紬 その2
歴 史
江戸時代初期より、信濃国の各藩では桑樹を栽培させ、養蚕を奨励しました。紬は屑繭を原料としていたので、原料生産地がそのまま織物生産地となり得ました。しかもそれは商品としてよりも、農村で自家用として織られている場合がほとんどでした。
当時、幕府・諸藩の庶民統制令は、とりわけ衣服について厳しく、寛永十九年五月の郷村に対する『覚』では「庄屋は絹紬・布・木綿を着すへし、わき百姓は布・もめんたるへし」とあって、いずれも条件付きでしたが、百姓身分にも絹織物のうち、紬の使用だけは認めていたのです。紬の原料が屑繭など良質絹糸をとることのできないもので、一種の廃物利用とみられたからに他なりません。
上田藩の場合、領国の支配を安定化させるためには、何よりも藩財政の基礎がためが必要で、商品価値の高くなってきていた領内特産物に着眼して、これを領外市場に移出専売して利益を上げようとする藩専売の試みが、寛文~延宝期(1661年~1681年)に行われました。寛延三年(1750年)より、上田紬は中山道を京都へと送られたのです。
『調度貢献明細表』によれば「信濃国は紫草2800斤を産して常陸国(茨城県)の3800斤に次ぐ全国第二位の紫草の産地たり」とあり、さらに『諸国作物調査表』には「紅花の産地たり」と記されているように、草木染材が至る所に自生していたことから、養蚕国であったことと併せて、草木染め、手織りの技法が全県にわたって普及したものと考えられます。安政六年(1859年)横浜開港以来、外国貿易の影響で生糸の値段が高騰して、絹織物に使われていた生糸の大部分が輸出に集中しました。県内各地の製糸工業が隆盛を極める一方で、絹織物は衰退の悲運に見舞われ、織物生産の態勢は屑繭、二等生糸などの活用による農賃織物、いわゆる農家の委託製織が主流をなしました。
しかし戦後、紬織物の復興が計られ、県を始め市町村の地場振興策が積極的に推進されてから、県下全域にわったって生産は活発となってきました。現在(1978年)は、紬の生産に従事する企業は85社に及び、従事者は1,200余名に達し、生産反数53,000余反に増加して、信州紬の名声は次第に高まり、優良な民芸紬産地としての地位を確立しています。
江戸時代初期より、信濃国の各藩では桑樹を栽培させ、養蚕を奨励しました。紬は屑繭を原料としていたので、原料生産地がそのまま織物生産地となり得ました。しかもそれは商品としてよりも、農村で自家用として織られている場合がほとんどでした。
当時、幕府・諸藩の庶民統制令は、とりわけ衣服について厳しく、寛永十九年五月の郷村に対する『覚』では「庄屋は絹紬・布・木綿を着すへし、わき百姓は布・もめんたるへし」とあって、いずれも条件付きでしたが、百姓身分にも絹織物のうち、紬の使用だけは認めていたのです。紬の原料が屑繭など良質絹糸をとることのできないもので、一種の廃物利用とみられたからに他なりません。
上田藩の場合、領国の支配を安定化させるためには、何よりも藩財政の基礎がためが必要で、商品価値の高くなってきていた領内特産物に着眼して、これを領外市場に移出専売して利益を上げようとする藩専売の試みが、寛文~延宝期(1661年~1681年)に行われました。寛延三年(1750年)より、上田紬は中山道を京都へと送られたのです。
『調度貢献明細表』によれば「信濃国は紫草2800斤を産して常陸国(茨城県)の3800斤に次ぐ全国第二位の紫草の産地たり」とあり、さらに『諸国作物調査表』には「紅花の産地たり」と記されているように、草木染材が至る所に自生していたことから、養蚕国であったことと併せて、草木染め、手織りの技法が全県にわたって普及したものと考えられます。安政六年(1859年)横浜開港以来、外国貿易の影響で生糸の値段が高騰して、絹織物に使われていた生糸の大部分が輸出に集中しました。県内各地の製糸工業が隆盛を極める一方で、絹織物は衰退の悲運に見舞われ、織物生産の態勢は屑繭、二等生糸などの活用による農賃織物、いわゆる農家の委託製織が主流をなしました。
しかし戦後、紬織物の復興が計られ、県を始め市町村の地場振興策が積極的に推進されてから、県下全域にわったって生産は活発となってきました。現在(1978年)は、紬の生産に従事する企業は85社に及び、従事者は1,200余名に達し、生産反数53,000余反に増加して、信州紬の名声は次第に高まり、優良な民芸紬産地としての地位を確立しています。
信州紬 その1
信州紬は昭和50年2月19日、通商産業大臣から伝統的工芸品「信州紬」の指定を受けました。伝統的工芸品とは、昭和49年5月2日に公布された「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」略して「伝産法」と呼ばれている法律に基づき、通商産業大臣が指定するものです。なかでも信州紬は、第一次に指定されました。伝統的工芸品指定の要件は次のとおりです。
●伝統的な技術または技法
1.次の技術または技法により製織された絣織物または縞織物、若しくはこれに類する織物とすること。
(1)先染めの平織りとすること。
(2)たて糸に使用する糸は、生糸(山繭糸を含む)、玉糸または真綿の手つむぎ糸とし、よこ糸に使用する糸は、玉糸または真綿の手つむぎ糸とすること。
(3)よこ糸の打ち込みには「手投杼」を用いること。
2.絣糸の染色法は「手くくり」によること。
●伝統的に使用されてきた原材料
使用する糸は、生糸(山繭糸を含む)、玉糸または真綿の手つむぎ糸とすること。
●製造される地域
長野県長野市、松本市、上田市、岡谷市、飯田市、須坂市、小諸市、駒ヶ根市、塩尻市、佐久市、南佐久郡臼田町および佐久町、諏訪郡下諏訪町、下伊那郡鼎町、高森町および上郷町、東筑摩郡明科町および生坂村、南安曇郡穂高町および梓川村、北安曇郡松川村、埴科郡坂城町および戸倉町、下水内郡栄村など、10市17町村におよぶ。
信州紬は十八世紀初期、地場産業として奨励され、盛んな養蚕とともに発展しました。豊かな自然と豊富な原材料に恵まれ、くぬぎ林で飼育される天蚕、山野に自生するさまざまな草木染め用の染材など、これらを生かして伝統的な縞、絣柄を現代によみがえらせています。信州紬は、天蚕紬をはじめ、上田紬、松本紬、伊那紬、飯田紬の他、県内各地で産出されるさまざまな紬の総称です。
●伝統的な技術または技法
1.次の技術または技法により製織された絣織物または縞織物、若しくはこれに類する織物とすること。
(1)先染めの平織りとすること。
(2)たて糸に使用する糸は、生糸(山繭糸を含む)、玉糸または真綿の手つむぎ糸とし、よこ糸に使用する糸は、玉糸または真綿の手つむぎ糸とすること。
(3)よこ糸の打ち込みには「手投杼」を用いること。
2.絣糸の染色法は「手くくり」によること。
●伝統的に使用されてきた原材料
使用する糸は、生糸(山繭糸を含む)、玉糸または真綿の手つむぎ糸とすること。
●製造される地域
長野県長野市、松本市、上田市、岡谷市、飯田市、須坂市、小諸市、駒ヶ根市、塩尻市、佐久市、南佐久郡臼田町および佐久町、諏訪郡下諏訪町、下伊那郡鼎町、高森町および上郷町、東筑摩郡明科町および生坂村、南安曇郡穂高町および梓川村、北安曇郡松川村、埴科郡坂城町および戸倉町、下水内郡栄村など、10市17町村におよぶ。
信州紬は十八世紀初期、地場産業として奨励され、盛んな養蚕とともに発展しました。豊かな自然と豊富な原材料に恵まれ、くぬぎ林で飼育される天蚕、山野に自生するさまざまな草木染め用の染材など、これらを生かして伝統的な縞、絣柄を現代によみがえらせています。信州紬は、天蚕紬をはじめ、上田紬、松本紬、伊那紬、飯田紬の他、県内各地で産出されるさまざまな紬の総称です。
2008年12月9日火曜日
シルクとセルロースの複合繊維 その3
シルク0.11g(32.4%)とセルロース0.23g(67.6%)を混合溶解し、紡糸することで、繊維直径0.1mm、引張強度0.26Nの複合繊維を得ました。
複合繊維の複合割合はシルク9.9%、セルロース90.1%とシルクの複合割合の減少が認められました。これは溶解時にシルクの一部が分解され、再生されなかったためと推定されます。
複合繊維の複合割合はシルク9.9%、セルロース90.1%とシルクの複合割合の減少が認められました。これは溶解時にシルクの一部が分解され、再生されなかったためと推定されます。
2008年12月8日月曜日
シルクとセルロースの複合繊維 その2
次の方法でシルクとセルロースの複合紡糸を行い、作成した複合繊維の複合割合を調べました。
(1) シルクとセルロースの複合紡糸
セルロースとしてはろ紙、シルクは染色堅ろう度試験用の添付白布を使用しました。
溶解液の酸化銅アンモニア溶液(シュバイツアー試薬)はアンモニア水9mlに硫酸銅・5水和物1gを加え、更に8%水酸化ナトリウム溶液4mlを加え撹拌混合し調製しました。
この溶解液にろ紙0.23gとシルク0.11gを入れ溶解し、複合紡糸液を調製しました。紡糸液を注射針付きのプラスチック製シリンジで吸引し、次に凝固浴の20%硫酸水溶液中に紡糸液を押し出しました。押し出すのと並行してゲル化した紡糸液の先端をピンセットでつまんで引き出し、幾分延伸しながら紡糸を行いました。紡糸液は濃青色で、紡糸されたばかりの繊維も青色ですがしばらくする凝固浴中に銅イオンが抜け出し白色に変化しました。白色になった繊維を蒸留水中に移し硫酸を除き、テフロンシート上で繊維を乾燥しました。
(2) シルクとセルロースの複合割合の測定
JIS L 1030 繊維製品の混用率試験方法(次亜塩素酸ナトリウム法)に準じて試験を行いました。
複合紡糸繊維を105℃で乾燥後、重量を測定。この重量を測定した複合繊維を次亜塩素酸ナトリウム溶液で処理してシルクを溶解、残った繊維をガラスフィルターでろ過し、酢酸と蒸留水で洗浄後105℃で乾燥して重量を測定し、これらの測定した重量からシルクとセルロースの繊維中の複合割合を
(1) シルクとセルロースの複合紡糸
セルロースとしてはろ紙、シルクは染色堅ろう度試験用の添付白布を使用しました。
溶解液の酸化銅アンモニア溶液(シュバイツアー試薬)はアンモニア水9mlに硫酸銅・5水和物1gを加え、更に8%水酸化ナトリウム溶液4mlを加え撹拌混合し調製しました。
この溶解液にろ紙0.23gとシルク0.11gを入れ溶解し、複合紡糸液を調製しました。紡糸液を注射針付きのプラスチック製シリンジで吸引し、次に凝固浴の20%硫酸水溶液中に紡糸液を押し出しました。押し出すのと並行してゲル化した紡糸液の先端をピンセットでつまんで引き出し、幾分延伸しながら紡糸を行いました。紡糸液は濃青色で、紡糸されたばかりの繊維も青色ですがしばらくする凝固浴中に銅イオンが抜け出し白色に変化しました。白色になった繊維を蒸留水中に移し硫酸を除き、テフロンシート上で繊維を乾燥しました。
(2) シルクとセルロースの複合割合の測定
JIS L 1030 繊維製品の混用率試験方法(次亜塩素酸ナトリウム法)に準じて試験を行いました。
複合紡糸繊維を105℃で乾燥後、重量を測定。この重量を測定した複合繊維を次亜塩素酸ナトリウム溶液で処理してシルクを溶解、残った繊維をガラスフィルターでろ過し、酢酸と蒸留水で洗浄後105℃で乾燥して重量を測定し、これらの測定した重量からシルクとセルロースの繊維中の複合割合を
求めました。
2008年12月7日日曜日
シルクとセルロースの複合繊維 その1
シルクとセルロースを酸化銅アンモニアに溶解し、紡糸することで、シルクとセルロースが複合された繊維をつくることが可能です。
Rensuke Kanekatu,Eisaku Iizuka,Koji Shirai,Kenji Kiguchi,koji Abe,Akira Hachimori:Production and mechnicalproperties of fibroin-cellulose blended fiber. J.Seric.Sci.Jpn,69,191-196(2000)
Rensuke Kanekatu,Eisaku Iizuka,Koji Shirai,Kenji Kiguchi,koji Abe,Akira Hachimori:Production and mechnicalproperties of fibroin-cellulose blended fiber. J.Seric.Sci.Jpn,69,191-196(2000)
2008年12月4日木曜日
殺菌線照射による絹繊維の劣化 その3
殺菌線を一定時間照射したときの各試験布の引張強度と伸び率の変化を図1と図2に示しました。
殺菌線照射により引張強度の低下傾向の認められた繊維は絹、羊毛、ポリエステルでした。
伸び率に関しては、ポリエステル、絹、ナイロンに低下傾向が認められました。
殺菌線照射により引張強度の低下傾向の認められた繊維は絹、羊毛、ポリエステルでした。
伸び率に関しては、ポリエステル、絹、ナイロンに低下傾向が認められました。
殺菌線照射による絹繊維の劣化 その2
殺菌線照射及び繊維劣化の評価は次のように行いました。
(1) 試験布
絹、綿、羊毛、レーヨン、キュプラ、アセテート、ビニロン、ナイロン、アクリル、ポリエステルの10種類の布は染色堅ろう度試験用添付白布(JIS L 0803準拠)を使用しました。
(2) 殺菌線照射
殺菌線の照射には殺菌線消毒保管庫DM-5(殺菌灯10W 大信工業)を使用しました。
各試験布をたて方向に2.5cm×20cmに切断し、殺菌線消毒保管庫内の殺菌灯から10cmの距離にある棚に水平に並べ、一定時間殺菌線を照射しました。殺菌線放射照度は9W/㎡でした。
(3)布の引張強度及び伸び試験
試験布をつかみ間隔100mm、引張速度100mm/minの条件で試験しました。値は測定回数5回の平均値です。 引張強度及び伸び率の変化より繊維の劣化を推定しました。
(1) 試験布
絹、綿、羊毛、レーヨン、キュプラ、アセテート、ビニロン、ナイロン、アクリル、ポリエステルの10種類の布は染色堅ろう度試験用添付白布(JIS L 0803準拠)を使用しました。
(2) 殺菌線照射
殺菌線の照射には殺菌線消毒保管庫DM-5(殺菌灯10W 大信工業)を使用しました。
各試験布をたて方向に2.5cm×20cmに切断し、殺菌線消毒保管庫内の殺菌灯から10cmの距離にある棚に水平に並べ、一定時間殺菌線を照射しました。殺菌線放射照度は9W/㎡でした。
(3)布の引張強度及び伸び試験
試験布をつかみ間隔100mm、引張速度100mm/minの条件で試験しました。値は測定回数5回の平均値です。 引張強度及び伸び率の変化より繊維の劣化を推定しました。
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