2008年12月18日木曜日

信州紬 その3

特 徴
 信州紬の特徴には、次に述べる三点があります。
(1) 原材料の種類が豊富です。その中で、優良な品質のものをよく吟味して使用しています。織り味が良いのはこのためです。
(2) 県内至る所に自生している豊富な草木染材や、色相を補充するための堅牢な化学染料等を使って、渋い光沢と民芸的格調の高い色に染色されます。
(3) 柄の構成は、縞、格子、絣、それらの混成された柄、無地調子など多様で、一定の規則的なものがないことから、製造者の個性が発揮されます。そのオリジナルなところが着物通の人びとに好まれています。
 信州紬の特色の一つである原材料について述べると、使用している素材の中で、他産地にない独特のものとしては、天蚕から作った紬糸や天蚕生糸があります。
 天蚕というのは、野外でくぬぎや柏の葉を食べて成長し、淡緑色の繭をつくる野蚕の一種で、天蚕の飼育は、歴史的には約200年前の天明年間に始まるといわれています。天蚕は全国的にも珍しいもので、戦後は信州松本平だけに残っていましたが、関係者が振興育成に励んだ結果、ようやく県内数カ所で飼育されるところまでになりました。
 天蚕は毎年五月初め、天蚕卵を紙に糊付けしたものをくぬぎなどの飼育樹に結びつけて発生させます。孵化した緑色の幼虫は、くぬぎなどの葉を食べて成長し、約50日後の七月中、下旬にくぬぎなどの葉で身を包むようにして淡緑色の美しい繭になります。
 くぬぎ林で成長する幼虫は晴天を好み、雨天には葉の裏にかくれてしまい、食葉も朝露を好まず、露が乾き、葉が暖かくなってから食べ始めます。そのうえ恐怖心も強く、枝の揺れ、周りの騒音などには食葉を停止し、半日ほど体を縮めたままという、まるでだだっ子みたいなところがあります。害鳥・害虫の種類も多く、これらを防止するために目の細かい網を飼育林にかけますが、わずかな穴でもあれば、むくどり・からす・雀などが網の中に侵入し、このおいしい獲物を食べます。害虫では蜂の被害が一番大きく、蜘蛛・蟻・かまきりなどもこわい天敵です。そのうえ微粒子病・天蚕きょうそ病などという蚕病にたおれる数も多く、天蚕の苦労話は尽きません。
 1ヘクタールのくぬぎ林には約3,000株のくぬぎが植えられ、天蚕卵50,000粒が山づけされますが、そこから僅かに10,000から15,000粒の天蚕の繭がとれるにすぎません。それは大変な苦労で、有明地方のことわざに、「ばくち打ちと山繭の家には嫁にやるな」とか「味噌汁と山繭は当たったためしがない」などがありますが、言い得ていて妙です。
 天蚕の練糸を手でもむと、新雪を踏みしめるようなキュッキュッという心地のよい絹鳴りがして、輝くような美しい光沢があります。昔から金と同じ価値があると言い伝えられているが、まさしく絹の女王というほどの優雅さを誇っています。
 天蚕繭を原料とする織物原料には、天蚕生糸および天蚕紬糸、天蚕真綿と家蚕真綿のとの混紡紬糸、天蚕繭と家蚕繭とによる混繰生糸などがつくられています。昭和10年頃までの天蚕織物は、紋ちりめんなどの紋様の部分に天蚕生糸の織り込まれたものが主流でありました。天蚕糸の特性の一つである、染料の吸着速度が遅いのを応用して、無地染めすると、天蚕糸使いの紋糸が白く浮かび出て、光沢の優美さを現出するなど、高級紋ちりめんに広く愛用されていました。これは今後も期待される用途の一つです。しかし、天蚕紬糸を織り込んだ天蚕紬織物も、着て軽く、かさ高性に優れ丈夫でしわにならず、美しい光沢としなやかな触感が見事です。天蚕の特性は、先染め紬織物にこそ発揮されるものと考えられます。信州紬の華というべきです。
 一方、家蚕繭を原料とするものに、繭を煮て繭から直接手でたぐり出した手引きしや玉糸は経糸に使われ、織物に腰とかさをもたせると同時にしわにならず丈夫なものとなります。真綿紬糸の原料になる繭は、春繭が最高です。繭層が厚くまた繭糸繊度が太目で真綿にむきやすい。この真綿からつむぐ手紬糸は節もなく、ふっくらとして光沢があり、毛羽立ちも少なく、真綿紬糸としては最高の品質です。信州は養蚕県ですから、これらの紬糸が自由に入手できるという好条件に恵まれています。
 紬織物の丈夫で軽く暖かいという特色は、主に紬糸の原料に左右されるのですが、量産できない優良な紬糸は、全国的な紬の需要に応じきれず、そのため紬の品質が低下してきています。産地によっては、真綿紬糸の代わりに、紡績した機械紬糸が多用される傾向も見られますが、これは紬本来の特性を無視するもので、厳につつしまなければならないことです。真綿の手紬糸と異なり、毛羽立ちが多く光沢もなく腰がないから、織物にすると布面に細かな毛羽が立ち、しわになり易くおよそ紬のもつ良さは一つもありません。糊抜きをすると、欠点が直ちに露呈します。伝統ある紬の真価を守り継いでいくため、生産者の誰もが自覚する必要のある事柄です。
 特色の第二は染色です。染色用染材の豊かなことがあげられます。
 赤色染材には、一位・そよご、黄色染材には、きはだ・かりやす・藤、桑など、茶色染材には、梅・あんず・とちの木、けやき・くるみなど、灰色染材には、くぬぎ・栗・よもぎ・げんのしょうこなど枚挙にいとまがありません。
 色の発色程度や濃度は利用部分によって異なるが、濃く染めるには、五回、十回と繰り返して重ね染めする。媒染剤の使い分けで、さらに複雑な発色をする。これら草木染めの技法は、それぞれの家伝として伝承されています。
 第三の特色は手織りの技法である。手くくりによる絣糸を一本一本繰り込みながら、指先で合わせて絣柄を織り出す手織りの妙味は、わずかな絣のズレがかもし出すところにあります。
 手で杼を投げ入れてよこ糸を入れ、筬を打つという、一見単純に見える作業を何回も繰り返してでき上がった12メートルの長さの反物には、織り人の丹精がこもっています。信州紬は織り味と作る人の真心がじかに伝わってくる純朴な紬です。

0 件のコメント: